五木寛之

かつて戦時中の私たち日本人は、「神州不滅」という物語を信じていた。 嘘のようだが、最後には神風が吹くだろうと思っていた。そう信じていればこそ、世界の大国相手に戦争をするなどという勇気が出たのだ。 夢から醒めてみると、なんという阿呆らしい信じ込みだったのだろう、と自分でも驚く。 しかし、生き延びていればこそ、夢は夢だったと悟るのだ。戦いに敗れた後も生き永えていればこそ、夢の虚妄に気付くのである。 死は生の断絶である。夢を信じて死を迎える人間は、夢の中に生を終える。 私はたぶん、自分も「死ねば宇宙のゴミになる」だろうと思っている。しかし、一つの明かるい物語を抱いたまま生を終えたいと思わずにはいられない。その物語を信じたことを後悔する余地はない。なぜならば、死とともに意識が失われるからである。信じたまま生は完結するのだ。